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広島地方裁判所 昭和36年(ヨ)63号 決定

申請人 浜中健夫

被申請人 松並工業株式会社

主文

申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

被申請人は申請人に対し昭和三七年二月七日以降一日当り金四七〇円の割合による金員を毎月末日限り仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注 無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人代理人は

「(一) 申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

(二) 被申請人は申請人に対し昭和三六年一月二四日以降一日当り金四七〇円の割合による金員を毎月末日限り仮に支払え。

(三) 申請費用は被申請人の負担とする。」

との仮処分命令を求めた。

第二、申請の理由およびこれに対する答弁の要旨

一、当事者間に争いのない事実

被申請人は軽三輪車の組立、プレスを業とする株式会社であり、申請人は昭和三四年一月二三日被申請人に日給五〇〇円の日雇として雇用された工員であるが、昭和三五年一二月二四日被申請人から同年一一月以降正当な理由なしにしばしば欠勤して会社の業務に重大な支障を来したとの理由で昭和三六年一月二三日を以て解雇する旨の解雇予告の通告を受け、同日を経過したものであることは当事者間に争いがない。

二、争点

申請人は右解雇は(一)申請人の正当な労働組合活動を理由とする不当労働行為であるとともに、(二)申請人が昭和三五年一二月二〇日頃労働基準監督署に対して被申請人が申請人らに対して休日の割増賃金を支払つていないことを申告したことを理由とする労働基準法第一〇四条第二項違反行為であり、(三)仮にそうでないとしても解雇権の乱用であつて無効であると主張し、被申請人は右解雇は申請人が(一)工程中重要な作業部門である電気溶接作業を担当しながらしばしば欠勤、遅刻、早退を繰り返し、就業時間中飲酒したり、新聞を読んだりして勤務状態が悪く、被申請人の業務に著しい支障を与え、(二)昭和三四年八月頃飲酒のうえ他人に傷害を与えて被申請人の名誉を毀損したことに基くものであつて有効である、(三)仮にそうでないとしても、申請人は昭和三六年二月以降他に就職して毎月金一五、〇〇〇円以上の収入を得ているのであるから、仮処分の必要性はないと主張する。

第三、当裁判所の判断

一、被申請人主張の解雇理由について

(一)  申請人の勤務状態

疎明資料によれば、申請人は昭和三五年一一月就業時間中に選挙に関する新聞を読んでいたので被申請人会社労務係長松岡一から注意を受けたこと、申請人は同月中に休日を除いて九日勤務を休み、翌一二月は病気のため四日間無断欠勤をしたのであるが、一一月における右九日のうち七日、八日、一四日の三日については欠勤届を出して欠勤しており、かつ右三日のうち二日は申請人が右手中指に四針縫合するような業務上の負傷をしたために休んだものであり、残りの六日は年次有給休暇をとつて休んだものであること、被申請人会社において毎年一一月という月は生産が低下し、繁忙とはいえない月で、いきおい仕事も暇な時期であるし、申請人が担当していた仕事は流れ作業の一環をなすものではなく、他の工員でも約二週間練習すればできるようになる程度の熟練度を要求されるにすぎないものであるし、被申請人会社には五〇〇人余の従業員が雇用されているのであるから、申請人が数日欠勤したことによつて滞つた仕事量の埋め合わせは職場における配置転換又は残業等により十分にまかなえるものであること、申請人は同年一〇月までは出勤率も良好であり、解雇に至るまで仕事にも励んでいたこと、本件解雇当時申請人程度の欠勤をしていた者は他にも相当数いないことがないのにもかかわらずこれらの者はなお解雇されずに在勤していること、当時は被申請人も欠勤者に対して欠勤届を提出させることを励行させず無断欠勤者に対しても殆ど放任的態度をとつていたことなどが一応認められるけれども、申請人が就業時間中飲酒していたこと、又は同人が遅刻、早退を繰り返したことを認めるにたるほどの疎明資料はない。そして、以上の認定事実によれば、申請人のこの程度の勤務状態の不良が被申請人の業務に著しい支障を与えたとはとうてい考えられないし、これを解雇の理由とすることは普通では考えられない。

(二)  申請人の傷害事件

疎明資料によれば、申請人が昭和三四年八月頃飲酒して喧嘩したうえ他人にけがをさせ、その後見舞金を出して仲直りをしたことが認められるけれども、従業員のこの程度の非行によつて被申請人の名誉が毀損されたとは考えられないばかりでなく、右事件は本件解雇の一年四箇月前の出来事であるから、これが他の解雇理由の補強事由とされるならばともかく、これをもつて解雇の直接の理由と考えることはできず、また(一)の勤務状態と合せ考えてみてもこれらの行為をもつて予告解雇の基準となる解雇理由となすに十分でない。

二、申請人の組合活動等について

疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

(一)  被申請人会社には従来会社に協調的であつた企業内(会社内)労働組合が存在していたところ、申請人らは昭和三五年二月六日右会社内に右組合とは別個に広島一般労働組合松並支部を結成し、申請人は結成以来同年八月まで同支部の副支部長をつとめ、その後も同支部の組合活動の中心となつていたこと。

(二)  被申請人は申請人らが前記のとおり広島一般労働組合松並支部を結成するにあたり、従業員らに対して右組合に加入しないよう呼びかけるとともに、右組合をひぼうし、前記企業内労働組合役員らをして右松並支部に加入した組合員らに対し戸別訪門をさせて「一般労組に加入するとくびになる。」「一般労組に加入すると松並をやめても他に行かれないようになる。」などと申し向けて右組合の切り崩しをはかつており、同組合を極度に嫌悪していたこと。

(三)  被申請人は申請人ら日雇従業員に対して休日の割増賃金を支給していなかつたので、申請人は被申請人会社労務係長松岡一に対し昭和三五年一二月一九日右割増賃金の支給を要求したがこれを支給する旨の回答を得られなかつたので、翌二〇日申請人が労働基準監督官に対し右事実を申告したところ、同人は直ちに被申請人に対し休日の割増賃金を支給するよう勧告したので、被申請人は申請人が右申告をしたことを知るに至つたこと。

以上の事実が認められる。

三、不当労働行為の成立および労働基準法第一〇四条違反行為の成立

以上認定したように、被申請人主張の解雇理由がいずれも合理性がないこと、被申請人が広島一般労働組合松並支部を嫌悪していたこと、申請人が右組合活動の中心人物であつたこと、本来労働者の組合活動は正当な行為であるとの事実上の推定を受けるべきものであるから申請人の組合活動が違法であるとの反対疎明のない本件においては申請人は正当な組合活動をしたものと推定されること、被申請人は自己が日雇従業員に休日の割増賃金を支給していないことを申請人によつて労働基準監督官に申告されたことを知り、前記勧告後日ならずして本件予告解雇をしていることなどの諸事実から考えると、被申請人は申請人の正当な組合活動ならびに右申告のゆえに申請人を嫌悪し、同人をその職場から排除しようと決意するに至つたものであると推認するほかはない。

そうだとすると、本件解雇の決定的な理由は申請人の正当な組合活動および労働基準監督官に対する前記申告にあり、従つて右解雇は労働組合法第七条第一号本文、および労働基準法第一〇四条第二項の強行規定に違反する行為であつて無効であるといわねばならない。

四、雇用関係および賃金請求権の存在

右のとおり本件解雇が無効である以上、右解雇の意思表示の日付の翌日である昭和三六年一月二四日以降においても申請人および被申請人間には依然として雇用関係が存続しているものというべきである。

次に、疎明資料によれば、申請人が被申請人に対して労務に服していないのは、被申請人が申請人の労務の提供を受領することを拒絶しているためであることが認められるから、このように被申請人の責に帰すべき事由によつて労務に服することのできない申請人が賃金請求権を失わないことは明らかである。

そして、申請人は被申請人会社において日給五〇〇円の支給を受けていたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、かつ疎明資料によれば申請人は毎月平均二五日出勤し毎日平均二時間残業をし、一時間当り金八〇円の残業手当の支給を受けていたことが認められるから、申請人の平均賃金は月一六、五〇〇円であり、これを一日当りに換算すれば本件において申請人が申請しているところの金四七〇円以上になることが明らかである。

五、仮処分の必要性

疎明資料によれば、申請人は現在従業員一二名を使用して請負業を営む鳥居商会に日雇としてやとわれ、毎月約一五、〇〇〇円の賃金収入を得ていることが認められるけれども、それは被申請人が申請人を従業員として取扱わないために生活の必要上やむを得ずなしたものと認められるし申請人は本来の職場へ復帰することを希望しているのであり、現在の仕事は本来の仕事と比較して労働時間が長く、危険度が高いうえに各種労働保険による保障がなく、しかも不安定なものであつて、毎月の労働日数も減少しつつあることが認められる。

従つて、申請人が無効な解雇によつて理由なく従業員としての地位を否認されることによつて受ける有形無形の不利益苦痛は甚大であると認められるから、申請人の地位保全をはかる本件仮処分をなす必要性があるものといわねばならない。

次に、賃金支払の仮処分を求める点についていえば、右のような諸事情のもとで本案判決の確定まで賃金支払を受け得られないとすれば、申請人はその意思に反して更に現在の労務に服することを余儀なくされ、そのことによつて前記のような甚大な不利益苦痛を受けることが認められるので、これらの著しい損害を避けるために、疎明資料によつて認められるところの、申請人が前記鳥居商会から賃金収入を得た最後の日の翌日である昭和三七年二月七日以降賃金支払の仮処分をなす必要性があるものというべきであるが、右期日まではとにかく前記のような収入を得て従前と同程度の生活をして来たことが認められる以上同期日までの賃金支払の仮処分をなすべき差し迫つた必要性があるとは認められない。

六、結論

以上の次第であるから申請人の仮処分申請は右の限度で理由があるものと認めて保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は失当としてこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 溝口節夫 倉橋良寿 池田憲義)

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